2006年 02月 08日
道 |
人気のない知らない場所を車で走っていても心細いと思ったことはない。
笑われるかもしれないがそれは道を走っているから、だと思う。
人工衛星から日本全体を眺めるような視点をイメージしてみると、すべての道は繋がっているというのが分かる。だから何処を走っていてもこの道は何処かに繋がっているんだと思えば不安はない。もし行き止まりだったら戻ってまた道を探せばいい。
それでも何回か不安に駆られる時もあった。
熊野の山の中、ダム湖の周りを迂回するような国道で、曲がるところを見失ったまま同じ場所に何度も戻ってしまう狐に化かされたような体験をしたことがある。
国道も名称が300号台くらいになってくると、これが国道かと思うような未舗装ですれ違いも出来ないような場所もあるし道路標識も完備していなかったりする。
それを分かっているのがかえって災いして、どんなに国道らしくない寂しい場所に出てしまってもこれが国道だと信じて長い時間走り続けてしまう場合が往々にしてある。
そういう特殊な場面を抜きにして考えれば、この住宅地のきれいに舗装された道路と熊野の山奥のタイヤがパンクしそうなごつごつした山道とが、辿って行きさえすればちゃんと繋がっているんだと思うと楽しくなる。
しかし今のところ道なき道をはるばると、というような経験はないので、例えばタクラマカン砂漠のど真ん中とか、凍てつくロシアのツンドラ地帯とかを車の天井に頭をぶつけながら走ったりすることの不安について、逆立ちしたってイメージすることはやっぱり出来ないな。
笑われるかもしれないがそれは道を走っているから、だと思う。
人工衛星から日本全体を眺めるような視点をイメージしてみると、すべての道は繋がっているというのが分かる。だから何処を走っていてもこの道は何処かに繋がっているんだと思えば不安はない。もし行き止まりだったら戻ってまた道を探せばいい。
それでも何回か不安に駆られる時もあった。
熊野の山の中、ダム湖の周りを迂回するような国道で、曲がるところを見失ったまま同じ場所に何度も戻ってしまう狐に化かされたような体験をしたことがある。
国道も名称が300号台くらいになってくると、これが国道かと思うような未舗装ですれ違いも出来ないような場所もあるし道路標識も完備していなかったりする。
それを分かっているのがかえって災いして、どんなに国道らしくない寂しい場所に出てしまってもこれが国道だと信じて長い時間走り続けてしまう場合が往々にしてある。
そういう特殊な場面を抜きにして考えれば、この住宅地のきれいに舗装された道路と熊野の山奥のタイヤがパンクしそうなごつごつした山道とが、辿って行きさえすればちゃんと繋がっているんだと思うと楽しくなる。
しかし今のところ道なき道をはるばると、というような経験はないので、例えばタクラマカン砂漠のど真ん中とか、凍てつくロシアのツンドラ地帯とかを車の天井に頭をぶつけながら走ったりすることの不安について、逆立ちしたってイメージすることはやっぱり出来ないな。
by digitaris
| 2006-02-08 06:20
| つれづれ