2012年 05月 04日

横浜の水道は歴史が古い。明治の初期に英国人技師が丹沢の奥、道志川の中流域から引っ張ってきたのが日本の近代水道の始まりと言われている。とにかく埋め立てを繰り返した横浜の港周辺はどんなに井戸を掘っても水質が最悪だったらしく、多分外国人居留地の強い要望だったのだと思うが、質の良い水を得ることが急務だったに違いない。横浜から丹沢にかけては標高は高くないにしろおそろしく起伏の激しい丘陵地帯が続くので、丘のてっぺんからてっぺんへと水道を何度も橋渡ししていかなければならない。少なくとも初期の水道はそういう方法をとったようだ。今もうちの近くの、おそらく一番標高の高いであろう丘の上を延々と水道の鉄橋が何本も渡っている。鉄橋が好きな僕は仕事中にこの水道橋の下を蛇行しながら何回かくぐるのを愉しみにしているのだけれど、大雨の日とかに橋の下の空き地に敷かれたゴムのシートに大粒の漏水がぼたぼたと落ちる音を聴くと、今にも溢れて来るのではないかと少々不安になる。
京都に居た頃はとにかく飲み水が大きな問題で、とくに夏になると琵琶湖にアオコが大量発生し、アオコの匂いで水がとんでもなく不味くなるのが辛かった。横浜に戻ってからは昔よりカルキの匂いはきつくなったけれど一気に美味しい水にありつけるようになってホッとした分もある。カルキの匂いはちょっと湧かせば飛んでしまうし、簡単な浄水器ででも濾してしまえば本当に美味しい水になる。昔は横浜の水道水は美味い、という自慢があって、東京オリンピック前に東京から引っ越してきたときはその話を聞きかじっていたのか、初めてこっちの水道の水を飲んでみてなんて美味しいんだろうと思った記憶がある。その頃はカルキ臭もほとんどなく蛇口から直接飲んでも谷川の水のような美味さがあった。あるとき関西からやってきたミュージシャンと知り合い、なぜか水の話になって、西宮の水道水はもっと美味いと言うのだった。その頃はもう十分カルキ臭い水になっていて、都会の水道なんて何処もそうだと思っていたから半信半疑だった。ところが実際彼の住んでいる西宮の水道水(阪神が初めて優勝した時期というのを目安に)を飲んでみたところ、カルキ臭もなく本当に美味しかった。多分今もそうなんじゃないかな。公園とかで飲む水があんなに美味しかったら幸せだ。
確かに西宮の水はとろっとしていて甘いので誰でも美味しいと言うのだろうと思うけれど、昔の横浜の水もやっぱり美味かったと思う。西宮の水が甘いのなら横浜の水はキレがよくてさっぱりしていると言っていいかもしれない。軟水硬水の違いを僕には説明することが出来ないのだが、とにかく水源の土壌や鉱物の影響で味が違うのは事実のようだ。そういえばもう十年くらい前になるけれど、車にいつも水タンクを積んでいて、遠出したときに清流の水や湧き水を汲んで帰るのを趣味にしていた。帰ってからやおら珈琲を入れてそれぞれの水を味わう愉しみは、なかなかなもんだったな。
水をイメージした音楽はやっぱりすきっとしていて遠くを見透かすようなところが共通するだろうか。「クール・クール・ウォーター(ロングバージョン)」なんてのを。



品揃えの悪い近所のレンタルDVDショップにも昔からRKOの映画がいくつか置いてあって、この『赤ちゃん教育』もその一つだったのだけれど、どうも僕のアレルギー持ちのハナがいまいち利かなかったのかタイトルにも騙されてなかなか手を伸ばせなかった。RKOを意識するようになってそれで初めて借りてみたのだけれど、まあとにかく面白い。ケーリー・グラントとキャサリン・ヘップバーンがおとぼけ対決で火花を散らす、というような痛快この上ない内容なんだけれど、まあ観ないことにはよくわからんわね。監督はハワード・ホークス(ヒュ−ズじゃないよ)で、とにかく上手い。『暗黒街の顔役』とか『赤い河』とか若い頃にも観ているけど、また観たくなります。


「あれはこうだったよね」のような話が出来ないので懐かしものの話は苦手なのだけれど、先述のInternet Archiveサイトで「ドラグネット(Dragnet)」に遭遇して一気に昔に引き戻されたのでちょっと書きたくなった。